秩父市立尾田蒔中学校

秩父市寺尾2006
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学校行事

全校朝会 校長講話(表彰)

2018年11月9日

11月6日(火)、体育館で全校朝会が行われました。

生徒は校長先生の講話を真剣に聴いていました。

『おはようございます!今日も元気に朝ごはんを食べてきましたか?

先日、行われた学校保健委員会でも、ほとんどの人が朝ごはんを食べて登校していると

いう報告がありました。健康のためにも、また学力向上のためにも朝ごはんは大切です。

それから、給食の残食も少なくなってきたというお褒めの言葉もいただきました。

学校を訪問する方々が、「生徒の笑顔がいいですね。」「いい学校ですね。」と言って

くださるのは本当にうれしい限りです。

今朝も、昇降口の上履きがきちんと靴箱に入っているのを見て、いい学校だなと思いました。

知らず知らずのうちに、当たり前のことが学校に広まって、いい学校を創っているのだと思います。

無言清掃もその一つですね。

 

さて、今日はさらに笑顔あふれる学校にするために、『不言感化』という言葉を皆さんに贈ります。

これは、学校だよりでも紹介しました。昔、吉田小学校の校長先生だった増田玄次郎先生の言葉です。

教師に向けた言葉ですが、この言葉には保護者や学校にも共通する大切なものがあると思っています。

言葉にしなくても、人は人に感化されています。人は知らないうちに親に似るものです。

親だけでなく、担任の先生や友達、好きな人の影響を受け、癖なども似てしまうこともあります。

ところで、皆さんは担任の先生が、なぜ学校の先生になったのか、その理由を知っていますか?

ぜひ、聴いてみてください。今日は、私の話をします。

私が教師になりたかったのは、中学生の時、NHKの合唱コンクールに出て、「こんな合唱を中学生と歌って

感動できたらいいな。中学校の先生になりたいな」と思ったからです。

また、高校時代には、お世話になった先生が国語の教師で、先生のような生徒思いで、授業でも人の気持ちを

深く読みとれるような教師になりたいと思っていました。

 でも、そのずっと前、小学生の時にこんなことがあったのも理由の一つかなと思っています。

6年生の時です。町の文化センターで広島の原爆投下直後の写真展が開かれました。学校で見学に行きました。

その時、ある男子が「汚ねえ!気持ち悪い。」と言いました。みんな写真から目をそむけました。

ショックでした。自分は、「これはしっかり見なくっちゃいけないものなんじゃないか!」と思ったからです。

その後、学校で見に行っただけではもの足りず、一人で展示会場に行き、一枚一枚時間をかけて見て来ました。

被害にあった人達の説明やその人達の声を読みました。怒りがこみ上げ、「絶対こんな戦争はしてはいけない、

平和な世界をつくらなくちゃいけない!」と強く思いました。

みんなは、感想文で「平和な世界をつくってほしい」なんて他人事のように書いていました。それも嫌でした。

「自分たちが平和な社会をつくるんじゃないのか。」と思って、なんだか、悔しいような悲しいような気持ち

になりました。「平和な社会を造るんだ。戦争のない世界を造るんだ。」という思いは中学、高校、大学、

そして教師になってから今までずっと変わらず、自分の心の中にあります。

 

ところで、皆さんはオーストラリアを知っていますか?

自分はオーストラリアで3年間、シドニー日本人学校というところで日本人の中学生に国語を教えていました。

しかし、オーストラリアには現地校といって英語で授業をする学校に入る日本人の子ども達もたくさんいます。

そこで日曜日には「日本語学校」といってボランティアの学生や保護者などが現地校に通っている子ども達に

日本語を教えています。その「日本語学校」を見学して、日本語の教え方のアドバイスをするために現地校に

行ったときの事です。

ボランティアで現地の子ども達に日本語を教えていた大学生の授業を見ました。大学生に授業の質問をしたり、

アドバイスをしたりしました。その後、何か話をしたいことがあるかと聞いた時のことです。男子大学生が

涙を浮かべて話してくれたことが忘れられません。

「ぼくはオーストラリアにずっと住んでいるけど、日本人です。日本人はどうして国歌を大きな声で歌わないの

ですか。どうして自分たちの国に誇りを持てないんですか?」

確かに、日本では国歌を大きな声で歌う人があまり多くはいません。スポーツ選手も、いろいろな行事でも。

日本は、戦争で被害者だっただけではなく、外国に対して非人道的な事もしてきました。でも、それは過去の

こと。その青年は、「ぼくは、日本という国に誇りを持っている。だから、ぼくは国歌を堂々と歌いたい。」

「今まで会った日本の先生は、日本のことを良く思っていない。日本の戦争中の略奪や虐殺なんてことばかり。

僕は日本人としての自信を失いかけている。」と泣きながら話してくれました。

その後、青年とは日本の歴史や戦争のことなど、そして日本の未来について語り会いました。

それから、私は以前よりも一段と大きな声で国歌を歌うようになりました。未来を見つめて外国でたくましく

生きているその青年に恥じないように。

 他にもオーストラリアにいて学んだことがあります。

 第二次世界大戦でオーストラリアを攻撃した国は日本だけです。戦艦、戦闘機からの攻撃がありました。

そのことを知っている日本人は多くはいません。それはオーストラリアが日本と親しく、関係がいいからなの

かもしれません。

オーストラリアのカウラという所に日本庭園があります。そこは、昔、日本人捕虜がいて、収容所から脱走した

日本兵が200人以上も射殺された所です。そこにオーストラリアは日本庭園を造り、慰霊碑を建てました。

その広い庭園は日本の領土となっています。日本はオーストラリアを攻撃した唯一の国なのに。なぜでしょう?

捕虜とはいえ、同じ人間。脱走した日本人を救えなかったこと、脱走した日本人の心を理解できなかったことを

オーストラリア人は悔やんでいるといいます。今も、日本人会の人達だけでなく現地の人達はカウラで慰霊碑に

手を合わせています。そして、オーストラリアの学校では、日本語を教えている学校がたくさんあります。

言葉だけでなく、武士道とか日本人の心について学んでいる学生が本当にたくさんいます。

私もカウラに慰霊に行ったり、現地校で日本語を学ぶ高校生と話をしたりしました。そこで「これこそ理想的な

国際交流なのではないか。」と平和社会の根本を学んだ気がします。

 

 でも、オーストラリアのような国ばかりではありません。日本の過去を問題にして、今でも「謝れ」という

要求をしてきたり、法外なお金を要求してきたり、敵対心を持ったりしている国もあります。とても残念です。

どうして、未来を見ないのでしょうか。どうして、これから将来のことを前向きに考えられないのでしょうか。

 私は、平和な社会を造りたいと願っています。それは今でも変わりません。様々な人と出会い、教師としての

自分の使命だと信じています。しかし、今の学校ではどうでしょうか。過去の事を蒸し返し、人の悪口を言い、

傷つく事をしている人がいないでしょうか。いじめが今でも後を絶たないのが日本の学校の現状です。

皆さんはどうですか?「この学校では、そんなことは絶対にあってほしくない!」そう願っています。

 

 人の喜ぶことを進んでやってみましょう。きっと笑顔になれます。

優しい言葉をかけてみましょう。きっと優しい言葉が周りに広がります。

自分から、堂々と、しっかり未来を見つめて。

その気持ちが、その姿勢が、必ず人の心を動かし、人を成長させると私は信じています。

『不言感化』を信じ、この尾田蒔中学校をもっともっと笑顔がいっぱいで平和な学校にしていきましょう。

 

次に表彰が行われました。

◯ 防犯ポスターコンクール

入選 古峰瑠奈 原島音和

◯ 埼玉県小中学校児童生徒 発明創意くふう展

優良賞 髙野渉

◯ 秩父地区社会科展覧会

入選 田代琴美 茂木この美 八木大貴

◯ 科学教育振興展覧会地区展

特選賞 中畦堅斗

優秀賞 加藤南々葉

優良賞 大洞若葉 黒沢美月 島﨑亮 長谷河七海 原島雪花 福島源喜 山中衆礼

◯ 科学教育振興展覧会件展覧会

優良賞 中畦堅斗

◯ 市民相撲大会

個人戦軽量級 第1位 小池翔真

個人戦軽量級 第3位 萩原拓海

団体戦 第3位(小池翔真・髙橋大翔・萩原拓海・八木悠斗)